前田 夏蔭(まえだ なつかげ、1793年(寛政5年)- 1864年9月26日(元治元年8月26日))は、江戸時代後期の国学者である。幼名は垂穂、通称は健助。号に鶯園、無穂がある。本姓は菅原。
経歴・人物
江戸の生まれ。清水浜臣の門人となり、国学を学ぶ。また考証学についても学び、和歌や書画もよくした。1854年(嘉永7年)には江戸幕府に仕え、当時水戸藩主だった徳川斉昭からの信任により、『大日本史』の編纂に携わる。
その後は幕府の命により蝦夷地の取調御用に任命され、『蝦夷志料』(『千島志料』とも)の編纂に携わった。後に夏蔭は1860年(万延元年)に未完成ではあったものの一度脱稿し、以降は病気の悪化により実子の前田夏繁(健次郎)らが父の後継者として執筆した。この史料は夏蔭が死去した翌1865年(慶応元年)に完成した。
主な著作物
主著
- 『万葉集私記』- 1829年(文政12年)刊行。
- 『稲荷神社考』- 1836年(天保7年)刊行。
その他の著書
- 『鶯園歌集』
- 『蝦夷東西考証』
脚注
外部リンク
- 前田夏蔭:作者データ&資料一覧|デジタルアーカイブ|静岡県立美術館




