竹内 英明(たけうち ひであき、1974年(昭和49年)4月6日 - 2025年(令和7年)1月18日)は、日本の政治家。
兵庫県議会議員(5期)、姫路市議会議員(1期)、兵庫県庁内部告発文書問題における百条委員会の委員を歴任した。
経歴
1974年、兵庫県姫路市生。1993年に兵庫県立姫路西高等学校を卒業、早稲田大学政治経済学部政治学科に入学し、池袋セツルメント、早稲田大学鵬志会に入会。奥田敬和衆議院議員の私設学生秘書となり、新進党学生部にて初代幹事長を務める。
1997年、セブンイレブンジャパン入社。1998年、セブンイレブンを退職し新党友愛事務局に入局、合流した民主党にて参議院国会対策委員会副主査。
2003年4月27日、姫路市議会議員選挙で初当選、1期務める。
2007年4月8日、兵庫県議会議員選挙で姫路市選挙区から民主党新人で初当選し、以降5期務める。
2014年、松本剛明衆議院議員選挙対策本部長。
2024年、兵庫県庁内部告発文書問題における百条委員会委員を務める。同年11月に行われた2024年兵庫県知事選直後の11月18日に辞職願を提出し受理。理由については当初「一身上の都合」とされたが、竹内はひょうご県民連合幹部に対し、斎藤元彦知事を応援する目的で立候補したNHKから国民を守る党の立花孝志党首が、竹内を含む委員についての情報を街頭やネット上で発信し、「立花孝志氏に自宅に行くと予告されたり、デマ情報を流されたりして生活が脅かされ、家族を守るために辞職を決断した」と説明していたとされ、インターネット上の誹謗中傷が議員辞職の原因と見られている。竹内は知事選中、周囲に「家から出ることも難しい状況」だと相談していた。
2024年10月23日、実母が死去し公式活動HPで落胆を綴っていた。最終更新日の10月27日記事は母との別離の内容だった。
辞職後もインターネット上で誹謗中傷を流され続け、「2024年末には深刻な状況になっていた」と、竹内の関係者は語っており、死去する直前には病院にも頻繁に通っていた。
2025年1月18日、姫路市内の自宅の書斎で意識のない状態で見つかり、死亡が確認された。 50歳没。発見時の状況から自殺とみられる。
2025年2月にTBS NEWS DIGにおいて、「百条委員会を主導した井戸派県会議員が、マスコミに一方的な情報のリーク及び根拠の乏しい無記名アンケートによって、元県民局長の自殺を知事の責任に見えるように印象操作」なる文書にて、「黒幕(主犯格)は竹内(県民連合)、藤田・長岡(自民党)、丸尾(無所属左派)」、「加えて、迎山しほ(県民連合)も斎藤前知事を貶めるために竹内と結託」なる文書の詳細を配信した。
2025年3月の週刊金曜日デジタルによると、地元の関係者によると、「元県民局長の死後5日後に送付された遺書は、『傷心の奥さんにそんなことがすぐできるだろうか。実は竹内議員が書いたのではないか』という噂が結構あり。亡くなる直前の元県民局長が最後に連絡し合っていたのが竹内氏だった」と述べている。 また、竹内氏をよく知る丸尾県議も「奥さんに頼まれたのかもしれない」と述べている。
関係者の死亡
- 兵庫県の県民生活部総務課長の男性(53)は2024年4月死亡していた。竹内の高校(兵庫県立姫路西高等学校)の先輩に当たる。斎藤知事らを告発した文書では業務で疲弊し「病気休暇中」と記載されており、担当していた阪神・オリックスの優勝パレードにおいて資金不足を補うため、県が金融機関に補助金を出し、「募金」として還流させていた疑惑が指摘されていた。
- 兵庫県の元西播磨県民局長の男性(60)は2024年7月8日民家で死亡していた。竹内の高校の先輩に当たる。
- シンガーソングライターで政治活動家の加古 貴一郎(きいちろ)は兵庫県の元西播磨県民局長の男性の高校の同級生で親友であり、竹内の先輩に当たる。2025年1月26日に没した。
脚注
外部リンク
- 公式ウェブサイト


